ちょっとそこまで-斥候隊-

Spare me your lecture.

男女平等についてションベンに行く前に考える


 亭主関白がハクを効かせた時代はつゆ知らず。今や共働きが多くなっている世の中でございます。女房子供には金の心配はさせぬ!という気持ちは当然世の男子にもあるんでしょうが、物質世界のこの世の中と、右肩上がりに設計された国家運営を前に男子は歯を食いしばって仕事をしているところでしょうか。


 そんな事はどうでもいいのですが“男女平等“が叫ばれている昨今の状況について、僕なりの意見をメモしておきたいと思います。



 個人的な意見として、無条件の男女平等については僕は反対であります。


 “機会“の平等は当然与えられるべきでありますが、分業と差異は両者ともに認めるべきであると思っています。





 少し面白い例がありましで、男女の自殺率では男の方が遥かに多いそうです。
第1章|5 男女別の自殺の状況 - 内閣府
自殺をする人の7割近くが男性であります。


 またこんな話もありまして、将棋の世界では男女に実力の差が結構あるという事もあるわけでございます。


 これを考えた時、男女の“違い“はあるようだ。(※男女の“機会“の『均等』にについては考えてみなくてはいけない)と言えそうだなと、僕は思います。


 だから、違いがあるものにイコールは中々付け辛いよね。でも、違いが分かってないものにはイコールとして扱うか。って話だと思うんです。


 男女平等ビョウドウ言うけど、違いがはっきり出てるものもあるのに平等はムリがない?でも違いが無いものもあるからソコは取り敢えず、チャンスはイコールにしようって話がベターかなと。


 だから、何でもかんでも平等っておかしな話だと個人的に思います。そんな人が今でもいるのか知らないですけど、もしいたらそれって変だと思うんですよ。


 違いがある。だから、女性が得意なモノは女性が。男性が得意なモノは男性が。という分業と、差異が見られないものについてはチャンスを平等にしようってお話です。


以上です。