ちょっとそこまで-斥候隊-

Spare me your lecture.

ヤジロベーは無難だけれども、そうありたいかっていったらどうなんだろうね

 時代は日々移り変わりを見せ、人々はおそらくいろいろなポジションを探しまわり居心地のいい場所へと最適化されツイッターへと変遷。ってな記事をみれば、そんな居心地のいい場所へ行くことは楽だけれど、サルでもできるって話で自らファイターたるべしって記事もある。


 脳みその中のゴマほど。いやほんの小さな粒子の想いのタネをキーボードに乗せ、知覚できる言語へと変換していく行為には思いもよらないリスクと矢をぶち抜かれる可能性を孕んでる。中心のブルを射抜かれる時の冷や汗はなんとも形容し難いスリリングさを持ち合わせ、傷の縫合の処置をと脳みそが働く様は見事にアホらしい。


 正直、そんなに先を考えて書いてもないのでどうでもいいこと。現実の自分が知覚している世界には何もかわりはない。所詮読み人知らずでそのまま膨大なネットのゴミ溜めへと流れ着くだけ。


 ヤジロベーたるバランス感覚を重視すれのであれば、口をつぐむだけ。さすれば汝の未来は明るい。


 考えを発露する行為をアホだなと思えど、ヤジロベーになる必要も今のところない。「つまらない」と傍観するのもなかなか乙なものだけれど、クレイジーであってもいいのかなと思う。某やまもと氏が先のエントリー故忌野清志郎にあてた記事のあとのツイート。


 黒歴史を溜める"書く"という行為に、一貫性を突かれたら俺はこう言うんだ。「そう。俺の時代性ってやつ」ってね。なかなかクールだろ。こうでも考えてないと自ら恥を書く行為なんてできない。


 Hi GUYS!what's up?